共創を深めるエコシステム思考:複雑な地域課題解決のための視点と実践
はじめに:複雑化する地域課題への新たな視点
今日のまちづくりにおいては、少子高齢化、産業構造の変化、環境問題、地域コミュニティの衰退など、単一の要因では説明しきれない複雑な課題が山積しています。これらの課題は、行政、住民、企業、NPOなど、多様な主体が相互に影響し合いながら発生しています。従来の、特定の主体が特定の課題に対して単独で解決策を講じるアプローチでは、問題の本質を見誤ったり、新たな課題を生み出したりするリスクがあります。
このような状況において、「エコシステム思考」という視点が、持続可能で共創的なまちづくりを進める上で有効であると考えられています。エコシステム思考とは、自然界の生態系(エコシステム)のように、多様な要素が互いに関係し合い、影響を及ぼし合いながら全体として機能するシステムとして捉える考え方です。これをまちづくりに適用することで、地域を構成する様々な主体や資源、そしてそれらの間の「関係性」に着目し、課題解決や価値創造に向けた共創を促進する糸口を見出すことができます。
エコシステム思考とは? まちづくりにおける適用
自然界の生態系は、生物種(アクター)、水や栄養(リソース)、捕食・共生といった相互作用、そして気候変動への適応性などから成り立っています。ここから学ぶエコシステム思考の主要な要素と、まちづくりへの適用は以下の通りです。
- 多様なアクター(主体): 自然界の多様な生物種のように、地域には住民、NPO、企業、行政、大学、研究者、専門家など、様々な知識や能力、立場を持つ主体が存在します。エコシステム思考では、これらの多様なアクターを漏れなく把握し、それぞれの役割と潜在能力を理解することが重要です。
- リソース(資源): 資金、人材、情報、技術、自然環境、歴史文化、遊休資産など、地域内に存在する有形無形のリソースです。エコシステム思考では、これらのリソースが単独で存在するだけでなく、アクター間やアクターを通じてどのように循環・活用されているか(フロー)に着目します。
- 相互作用(関係性): アクター間で行われる連携、協働、情報交換、取引、あるいは対立といった関係性です。自然界の食物連鎖や共生関係のように、アクター間の相互作用がシステム全体の機能や安定性に大きく影響します。共創プラットフォームも、この「相互作用を促す場」として機能します。
- フィードバックループ: あるアクターの行動や、システム内で発生した変化が、他のアクターやシステム全体に影響を及ぼし、さらにその影響が元の部分に戻ってくる循環のことです。例えば、地域NPOが新しいイベントを企画し成功させると(行動)、住民の参加意欲が高まり(影響)、他の団体との連携が生まれる(フィードバック)といった流れです。正のフィードバックは成長を促進し、負のフィードバックは安定をもたらす可能性があります。
- 適応性とレジリエンス: 環境の変化に対してシステム全体が柔軟に対応し、回復する能力です。予測不可能な変化が多い現代において、地域エコシステムが持つべき重要な特性です。多様なアクターと強い相互作用は、レジリエンスを高める要因となります。
エコシステム思考では、これらの要素をバラバラに捉えるのではなく、「システム全体」として、要素間の「関係性」と「流れ」に注目し、課題や機会の本質を理解しようとします。
まちづくりにおけるエコシステム思考のメリット
この視点を取り入れることで、まちづくりには以下のようなメリットが期待できます。
- 多様な主体の巻き込みと共創の促進: 従来の枠にとらわれず、潜在的なアクター(例:今まで地域活動に関心のなかった住民、異なる分野の企業など)を発見し、関係性を築くことで、多様な知見やリソースを結集した共創を促進できます。
- 隠れたリソースや連携の機会の発見: 地域に存在するリソースや、アクター間の見過ごされていた関係性を見つけることで、新たなプロジェクトや活動の可能性が広がります。
- 複雑な課題の本質理解と予期せぬ影響の予測: 課題に関わる様々な要素とその関係性を図式化するなどして可視化することで、問題の根本原因や、ある介入がシステム全体にどのような影響を及ぼすか(良い影響、悪い影響の両方)をより深く理解できます。
- レジリエンス(回復力)と持続可能性の向上: 多様なアクターによる重層的なネットワークは、特定の機能が停止しても他の部分が補完するなど、変化への対応力を高めます。また、リソースの循環や相互扶助の仕組みを強化することで、外部環境の変化に強い持続可能なシステムを構築できます。
- 資金・ノウハウ・ネットワークの新たな獲得経路の発見: エコシステム内の様々な関係性に着目することで、従来の助成金や公募事業以外の資金源(例:異なる目的を持つ企業との連携、クラウドファンディングの展開方法)や、必要なノウハウを持つ専門家、協力者との繋がりが見つかりやすくなります。
実践に向けた視点とステップ
エコシステム思考をまちづくりに適用するための具体的な視点やステップは多岐にわたりますが、ここでは基本的なアプローチを紹介します。
- エコシステムの境界とアクターの特定: 自分が取り組む課題やプロジェクトに関連する地理的範囲、あるいはテーマ領域を定めます。次に、その範囲内に存在する全てのアクター(個人、団体、組織)を可能な限りリストアップします。直接関係のある主体だけでなく、間接的に影響を受ける、あるいは潜在的な協力者となりうる主体も含めます。
- リソースとフローの可視化: 特定したアクターがどのようなリソース(情報、資金、人材、物資、権限など)を持っており、それらがアクター間でどのようにやり取りされているか(フロー)を可視化します。図やマッピングツールを用いると理解が進みやすくなります。
- 相互作用と関係性の分析: アクター間の協力関係、対立関係、情報伝達のルート、意思決定の仕組みなどを分析します。特に、どの関係性が強く、どの関係性が弱いか、あるいは存在しないかを確認します。
- フィードバックループの特定: ある活動や介入が、システム内でどのような連鎖反応を引き起こす可能性があるか、あるいは過去に引き起こしたかを分析します。これは、意図しない結果を避け、望ましい変化を促進するために重要です。
- レバレッジポイントの発見: システム全体に大きな影響を与える可能性のある、小さな介入ポイント(レバレッジポイント)を探します。これは通常、多くの関係性やリソースが集まる中心的なアクターであったり、重要な情報伝達の結節点であったりします。
- 共創による実験と学習: エコシステム全体への影響を考慮しながら、レバレッジポイントへの働きかけや、アクター間の新たな関係性構築などの「実験」を行います。そして、その結果をシステム全体で共有し、学び、次の行動に繋げるというサイクルを回します。この過程で、共創プラットフォームのような情報共有・連携の場が大きな役割を果たします。
まとめ:エコシステム思考で拓く共創の未来
エコシステム思考は、複雑な地域課題を解決し、多様な主体が参画する持続可能なまちづくりを進めるための強力な視点を提供します。アクター、リソース、相互作用、フィードバックといった要素とその「関係性」に注目することで、従来の縦割り思考では見えなかった課題の側面や、共創による新たな解決策を発見できる可能性があります。
この視点に立ち、地域の多様なアクターがそれぞれの持つリソースや知見を持ち寄り、積極的に相互作用することで、より強靭で適応性の高い地域エコシステムを育むことができます。当プラットフォームが、まさにそのような異なるアクターが出会い、関係性を築き、共に学び合う場として、エコシステム思考に基づく共創の実践を後押しできることを願っています。
地域におけるエコシステム思考の具体的な実践事例や、分析のためのツール、関係性構築のための手法など、さらに詳細な情報は、今後もこのプラットフォームを通じて共有されていくことでしょう。ぜひ皆様の知見も共有いただき、共に学びを深めていきましょう。