多様な意見をまとめ、地域共創プロジェクトを推進する:効果的な合意形成・ファシリテーション実践ノウハウ
はじめに:多様な意見を「力」に変えるために
地域における持続可能なまちづくりを進める上で、「共創」は非常に重要なキーワードです。行政、NPO、企業、研究者、そして地域住民といった多様な主体がそれぞれの知見や資源を持ち寄り、共通の目標に向かって協力することで、地域課題の解決や新たな価値創造が可能になります。
しかし、異なる立場や価値観を持つ人々が集まれば、意見の対立や方向性の違いが生じることは避けられません。これらの多様な意見を単なる摩擦で終わらせず、むしろプロジェクト推進の「力」に変えていくためには、効果的な「合意形成」のプロセスと、それを支える「ファシリテーション」のスキルが不可欠となります。
本稿では、地域共創プロジェクトにおける合意形成の考え方、地域ならではの難しさ、そして多様な主体間の対話を円滑に進めるためのファシリテーションの実践ノウハウについて解説します。
地域共創における合意形成の重要性
合意形成とは、関係者間で意見を出し合い、議論を通じて共通理解を深め、最終的に全員(または大多数)が納得できる結論や方向性を導き出すプロセスです。地域共創プロジェクトにおいて合意形成が重要な理由は以下の通りです。
- プロジェクトの実行力を高める: 関係者が納得した上で進めるプロジェクトは、主体的な関与を促し、困難な局面でも協力体制を維持しやすくなります。
- 持続可能性を担保する: 一部の意見だけが反映されたり、十分な議論がなされずに決定されたりしたプロジェクトは、後の段階で不満や反対が生じ、頓挫するリスクを抱えます。地域に根ざし、長く続くプロジェクトには、関係者間の合意が不可欠です。
- 新たなアイデアや視点を取り込む: 多様な意見を丁寧に聞くプロセスは、当初は想定していなかった課題の発見や、より創造的な解決策の創出につながります。
- 関係者間の信頼関係を構築する: 誠実な対話と意見交換を通じて互いの立場を理解することは、協力関係の土台となる信頼を築きます。
地域における合意形成の難しさ
一般的な組織での合意形成と比較して、地域における合意形成には特有の難しさがあります。
- 関係者の範囲が広い・多様: 地域には様々な背景を持つ人々が暮らしており、利害関係も複雑に絡み合っています。必ずしも論理だけでは割り切れない感情や人間関係も存在します。
- 参加者のスキルや関心度にばらつき: プロジェクトに関する専門知識のレベルや、議論への参加意欲は人によって大きく異なります。
- 情報の非対称性: 特定の主体(例:行政、専門家)だけが多くの情報を持っており、他の参加者との間で情報格差が生じやすい場合があります。
- 意思決定プロセスの不明確さ: 民間プロジェクトのように明確な意思決定者がいない場合や、伝統的な慣習に影響される場合があります。
- 長期的な視点と短期的な利害の対立: 地域の将来を見据えた長期的な取り組みと、個人の生活やビジネスに関わる短期的な利害がぶつかることがあります。
これらの難しさを乗り越えるためには、より丁寧で戦略的なアプローチ、すなわち「ファシリテーション」の役割が重要になります。
ファシリテーションの役割と実践スキル
ファシリテーションとは、会議や話し合いの場で、参加者からの発言やアイデアを引き出し、議論を整理・構造化し、合意形成や課題解決といった目的達成に向けてプロセスを円滑に進めるための働きかけ全般を指します。地域共創プロジェクトにおけるファシリテーターは、単なる司会進行役ではなく、多様な参加者が安心して発言でき、建設的な議論ができる「場」をデザインし、運営する重要な役割を担います。
効果的なファシリテーションに必要なスキルは多岐にわたりますが、特に地域共創の文脈で重要となる実践スキルをいくつかご紹介します。
1. 傾聴と共感
参加者一人ひとりの意見に真摯に耳を傾け、その背景にある想いや価値観を理解しようと努める姿勢が基本です。たとえ自分の考えと異なっていても、頭ごなしに否定せず、まずは受け止めることで、参加者の安心感と信頼を得ることができます。相槌やうなずき、相手の発言を繰り返す「バックトラッキング」などが有効です。
2. 質問力
参加者からの発言を引き出したり、議論を深めたりするためには、適切な質問が必要です。 * 問いかけの工夫: 参加者が答えやすい開かれた質問(例:「この問題について、皆さんはどうお考えですか?」)を投げかけ、自由に発言を促します。 * 論点明確化の質問: 議論が脇道にそれそうになったり、抽象的すぎたりする場合、「具体的にはどういうことでしょうか?」「それは〇〇という問題に関連しますか?」など、議論の焦点を絞る質問を投げかけます。 * 意見の深掘り: ある意見が出た際に、「なぜそう思われるのですか?」「他に同じように感じている方はいらっしゃいますか?」と問いかけ、意見の根拠や広がりを確認します。
3. 場の設定とデザイン
物理的・心理的な「場」を参加者が安心して発言できる状態に整えることもファシリテーションの重要な役割です。 * 物理的環境: 円卓配置で全員の顔が見えるようにする、発言しやすい雰囲気を作る、適切な休憩を挟むなど。 * 心理的安全性: 参加者同士が互いの意見を尊重し、批判や否定を恐れずに自由に発言できる雰囲気を作ります。アイスブレイクを取り入れたり、発言のルール(例:批判しない、最後まで聞く)を共有したりすることが有効です。 * オンライン環境での工夫: Zoomなどのオンライン会議ツールを活用する場合、参加者全員が発言機会を得られるように意識する、チャット機能を活用する、ミュート機能の適切な使い方を促す、画面共有で情報を分かりやすく提示するなど、オンラインならではの配慮が必要です。MiroやMuralといったオンラインホワイトボードツールは、アイデア出しや整理、構造化に役立ちます。
4. 議論の構造化と可視化
出された意見を整理し、議論の全体像を参加者全員が把握できるようにすることは、建設的な対話を進める上で非常に効果的です。 * 記録: 発言内容やアイデアを模造紙やホワイトボード、オンラインツールに書き出し、参加者全員が見えるようにします。キーワードや図を用いるとより分かりやすくなります。 * 整理: 関連する意見をまとめたり、賛成・反対意見を対比させたり、問題点と解決策を対応させたりするなど、意見を分類・整理します。KJ法やマインドマップなどの手法が役立ちます。 * 論点整理: 今日の議論で何が問題なのか、何について合意する必要があるのか、といった論点を明確にし、参加者間で共有します。
5. 対立への対応
意見の対立は自然なことですが、感情的な対立に発展すると合意形成は困難になります。ファシリテーターは、対立を避けずに、それを建設的に乗り越えるための働きかけを行います。 * 対立点の明確化: 意見が対立しているポイントを具体的に特定し、何が問題なのかを参加者全員で共有します。 * 背景の理解: なぜその意見に至ったのか、背景にある価値観や懸念を丁寧に聞き出します。 * 共通点の探索: 対立する意見の中にも共通する目的や価値観がないかを探り、そこから糸口を見つけます。 * 代替案の検討: 一方の意見に決めるのではなく、双方の意見の良いところを取り入れたり、第三の選択肢を考えたりするよう促します。
実践へのヒント:小さな合意を積み重ねる
地域共創プロジェクトでは、最初から大きな課題に対する完全な合意を目指すのではなく、小さなステップで合意を積み重ねていくアプローチが有効な場合があります。例えば、まずはプロジェクトのビジョンや目的といった抽象的なレベルで共有できる部分を見つけ、次に具体的な活動内容について議論を進める、といった段階的な合意形成です。
また、全ての関係者が毎回全ての議論に参加することは難しいかもしれません。ワークショップ、個別ヒアリング、オンラインアンケートなど、多様な方法を組み合わせて幅広い意見を収集し、その結果を全体で共有・議論する機会を設けることも重要です。
結論:対話を通じて共創の土壌を耕す
地域共創プロジェクトにおける合意形成とファシリテーションは、単に議論をまとめる技術に留まらず、多様な主体が互いを理解し、信頼関係を築きながら、共に未来を創造していくための根幹をなすプロセスです。
このプラットフォームは、地域課題解決やまちづくりに関わる皆様が、様々な経験や知見を共有し、互いに学び合う場となることを目指しています。ぜひ、皆様が地域で実践されている合意形成やファシリテーションの工夫、直面した課題やその乗り越え方について、ご意見や情報を共有いただければ幸いです。対話を通じて、より多くの地域共創プロジェクトが成功し、持続可能なまちづくりが加速することを願っています。